鳥取県東部、霊峰大山をいただく大山隠岐国立公園の一角に位置する船上山は、鎌倉時代末期、後醍醐天皇の行宮があったことで知られています。
元弘2年(1332年)、隠岐に流されていた後醍醐天皇は島を脱出し、この地に辿り着き、伯耆国の郷士名和長年氏とともに挙兵し、隠岐守護の佐々木清高氏を破りこの地より鎌倉幕府打倒の綸旨を下したのです。
つまりは、東京や京都、奈良のように、2ヵ月半という短い期間ではありますが、天皇の御座所があったわけです。
この山は大山山系の北東部にあり、標高687mながら、その頂は、まるで船底を逆さにしたように見えることからその名が付いています。

しかし、その麓や中腹、それに南斜面には断崖絶壁が多く、天然の要塞ともいえる地形です。
その頂上に近い山の南側に屏風岩と呼ばれる絶壁があり、その上に行宮が置かれました。
現在では、中腹にあるダム湖から見上げる地に当たります。
現在でも祖御地には屋敷跡や船上神社が残されています。
ここまでは車で行くことはかなわず、大山環状道路沿いの各所に車を数台置ける駐車スペースがあるので、そこから登山道を登って参詣します。
またこの屏風岩には雄滝と雌滝からなる落差100m近い千丈滝が流れ落ち、その姿は圧巻です。
また眼下のダム湖周辺では休憩所やキャンプ場があるほか、湖での水遊びなどもできるため、特に夏季は多くのハイキング行楽客が訪れます。

また北麓には果実園も多く、夏季から早秋にかけて、桃や梨、栗などを狩ることができます。

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